ルーツについて:先週みたテレビ(1月23日~29日)

ファミリーヒストリー』(1月26日)

 

 ある芸能人の家族の歴史を、

 公共放送の資力に裏打ちされた圧倒的な取材力でもって丹念に調べ、

 ほんの45分とか1時間とかいった時間で惜しげもなくお送りする、

 そんなNHKファミリーヒストリー』の先週の放送に、大竹しのぶが出ていた。

 

 大竹は、自身の家族の歴史を振り返ったVTRをすべて観終えて、次のように言った。

 

大竹「信念とか、立ち向かう勇気とか、闘う力とか、そして愛とか。やっぱり…このお家に生まれて良かったって、とっても思いますね」*1

 

 具体的な内容は省略するけれど*2

 番組で描かれていた祖母・八重や祖父・一水、父・文雄や母・江すてる、

 そのほか有名無名な人たちが織りなす信念、勇気、闘い、愛の家系図、

 それはなんだか現在の大竹の姿に重なるようだった。

 具体的には、去年の『紅白』での「愛の賛歌」を歌う大竹に重なるようだった。

 当時のTwitterのタイムラインに、

 「バットマンジョーカー」という文字列がいくつも並んだことを、

 重ねて思い出したりもした。

 

  f:id:onodan:20170201015407j:plain

 

 去年の放送で『ファミリーヒストリー』が明らかにしたところによれば、

 狩野英孝の実家の神社は明治時代に村の中の三角関係を理由に放火されてたらしい*3

 残された文書と生きられた証言の積み重ねで構成される物語は、

 「野生の勘」では到達できない事実の厚みでもって、

 その人の「いま」を「かつて」のルーツに結びつける。

 そして、大竹自身が語っていたように、

 「始点」となるルーツと結びつけられた現在の自分は、ときに「もっと強くなれる」。

 

さんまのお笑い向上委員会』(1月28日)

  

 千原ジュニアを前にくーちゃんは言う。

 「オチに向かってしゃべってくのハズないですか?」

 

 明確なオチに向かわないのであれば恥ずかしくないという。

 くーちゃんが番組恒例の”閉店ガラガラ”でみせていた、

 頭に花、白縁の小さいサングラス、「毎度おさわがせします」のTシャツで、

 内股・小股でセット奥から出てきて「お花摘みに来たの…」と言い、

 お花がないと聞くと「じゃあ帰るね…」と言ってセット奥に帰る、という、

 ネタというかパフォーマンスというか出し物というか毎度お騒がせというか。

 みていた今田が「こういうのは恥ずかしくないんや」とツッコんでいたけれど、

 オチ=ゴールに向かうことに羞恥を覚えるくーちゃんにしてみれば、

 こういうのは「ゴールがみえないから」恥ずかしくない*4

 ゴールという「終点」を目指さない漂泊が「おもしろい」を帯びる奇特な芸人の機微。 

 

  f:id:onodan:20170201234532j:plain

 

 「始点」と「終点」の間を整合的に結びつけるルーツがある。

 「始点」と「終点」の間の探り探りの漂泊はルートになる。

 

 わかりやすいルーツへの遡行はときに枷でもある。

 たとえば、それは差別や偏見を生む。

 その人が成したこと成さなかったことあらゆる言動が、

 それ自体としてではなくその人のルーツに遡って否定的に意味づけられる。

 「現在」の差別のために、先取りされた結論としての差別のために、

 「過去」をめぐるルーツの物語がわかりやすい手に取りやすい資源として動員される。

 そういう光景を、ぼくたちは日々どこかで目にしている。

 

 だとすれば、人を「始点」に還元するだけではなく、

 「始点」と「終点」の間を右往左往している人のルートに、もっと目を向けてもよい。

 『ファミリーヒストリー』に心震えるその理由の幾分かが、

 膨大な文書と人の証言の間で右往左往した番組関係者の姿が透けて見えること、

 つまり、発見されたルーツそれ自体だけではなく、

 そこへと至るルートの大変さが垣間見えることにあるように。

 

  f:id:onodan:20170202234201j:plain

 

 先週みたテレビでは、

 「始点」と「終点」が収斂する地点に大竹しのぶが屹立しており、

 「始点」と「終点」の間をくーちゃんがちょっと内股で彷徨っていた。

 

*1:『ファミリーヒストリー』2017年1月26日

*2:番組によると、外国公使館に土地を貸すぐらいの大きな地主の家に生まれた母方の祖母・八重は、女学校時代に兄に連れられて内村鑑三の聖書の講談会に参加していて、いまの津田塾大学を卒業した後は、内村鑑三の聖書の講談会に参加して、そこで後の夫となる男性と出会うのだけれど、その後、夫とともに社会主義者・幸徳秋水と信仰を深め、非戦を訴えて投獄されるなどした秋水は渡米、それに夫とともについて行った八重は子どもを身ごもっていた。けれど渡米から数ヶ月後、夫が死去、八重は日本に戻ったのだけれど子どもを手放さなければならなくなって、そこからまた新たな情熱的な愛があり、キリスト教信者への「反戦分子」としての監視が厳しくなり…などなど。父方は父方で、そのルーツも地域で神様として祀られていたり…、などなど。

*3:『ファミリーヒストリー』2016年4月28日

*4:『さんまのお笑い向上委員会』2017年1月28日

変態について:先週みたテレビ(1月16日~22日)

『夜の芸能人 こんな時間に何してる!?』KTV(1月21日)

 

 「キャラ」は成長しないらしい。精神科医で批評家の斎藤環が言っていた。

 その話の理路をぼくはよく理解していないので、説明できないけど。

 

 でも確かに、テレビのなかの既に「キャラ」を立ちあげたタレントが、

 自分の「キャラ」を成長させながらキャリアを築いていく姿は、あまりみないような気もする。

 もちろん別の「キャラ」に乗り換えたりすることはある。

 たとえば、こりん星人が株式トレーダーになったり、焼肉店経営者になったり。

 獅子舞系ピン芸人大阪都構想を勉強したり、焼肉店経営者になったり。

 けれど大抵は乗り換えにうまくいかなくて、その「しくじり」を番組で話して、

 最後は家族の話でキレイにまとめることになる。

 人としての成長の話に収束することになる。

 

 いや、当人がどうこうというだけでなく、周囲が「キャラ」の成長を望まなかったりもする。

 「バカキャラ的な人って、ホント大変だと思う」とその理由をいろいろ解説する片桐仁に、

 ひと言「すごい話ながーい」と切り返す、そんな鈴木奈々に笑うぼくは、

 次もまた彼女に同じような切り返しを求めるだろう。

 さらに言えばその切り返しに、

 「ただのバカ」に収まらない「かしこさ」を積極的に読み込むことさえするだろう。

 それは、むしろ視聴者の側から、

 「バカ」な言動を単に立ち上げるだけでは不安定な「バカキャラ」を、

 「ホントはかしこい」の筋交いで補強する行為。

 

 今日も施工されているバカの壁

 またの名を、通販ラーメン事業の経営者のシステム。

 

  f:id:onodan:20170126005518j:plain

 

 なるほど、「キャラ」は成長しない。

 

 けれど、タレントに限らず誰もがまた、

 自分自身の「キャラ」づくりに大なり小なり勤しんでいる、と言われたりもする。

 これはdボタンを押して林家三平の座布団を奪っている場合ではないかもしれない*1

 

さんまのお笑い向上委員会』(1月21日)

 

 成長、というか芸人が向上を目指す番組で、

 クロちゃんが「鬼になりたい」とポエムを詠んでいた。

 鬼は人に蔑まれる、嫌がられる。けれど、優しいので攻撃はしない。

 「そんな鬼になりたいと、ボクはそっとうつむく」

 

 クロちゃんが語った鬼への変態(メタモルフォーゼ)願望*2

 

 他方でクロちゃんは、

 自転車で約2時間の道のりをこいで国立市のキャバクラに行く、とも話していた。

 六本木や新宿で1度負けて傷ついて国立市に流れ着いたキャバ嬢につけこめば、

 付き合えるかもしれない、という目算があるらしい*3

 

 なるほど、変態(メタモルフォーゼ)するクロちゃんは変態(アブノーマル)でもある。

 もしかするとそんなクロちゃんにとって、

 約2時間のサイクリングは、自身を変態に変態させる時間なのかもしれない。

 変態後のクロちゃんがなっているもの、それが優しい鬼かどうかはともかくとして、

 周囲は目を伏せて、やっぱり「そっとうつむいて」しまうのかもしれない。

 

  f:id:onodan:20170126005813j:plain

 

 と、クロちゃんの「キャラ」と変態を結びつけると、

 ネガティブなイメージが先行しそうな気もする。

 

 けれど、タモリもまたかつて『ヨルタモリ』で、

 自らを「近藤さん」という別の人格に変態させつつ言っていた。

 「変態っていうのはクリエイティブなことですよ」*4

 「人間誰だって変態ですよ」*5

 

マツコ&有吉の怒り新党』(1月18日)

 

 あるいは、先週18日の『怒り新党』。

 最初に牛の乳から牛乳を飲んだ人は周りから変態だと思われただろう、みたいな話から、

 「変態が時代をつくった」という結論に達した有吉は、次のように言う。

 

「人生観っていうと重い感じするけど、別にそんなことはないっていうことなんですよ。毎年変わるんだから。『5年前と言ってることちがわない?』(とか指摘されても) 『当たり前ですよ』(としか)」*6

 

 5年どころではない。2時間にも及ばない。この数分後に有吉は、

 「ヒッチハイクで半年世界各国をみたけれど、人生観は変わってない」*7

 みたいなことを言ってたりするんだ。

 

 もしくは、先週18日の『5時に夢中!』。

 「億稼ぐ男は1月に丸1日かけて1年の計画を立てる」みたいな話題で、

 コメントを振られた美保純は次のように言う。

 

「いまの自分が理解されるのは3年後って考えてるので、いますごく世間から浮いたとしても全然平気なんですよ。たとえばいま私がすごい料理好きになったりとかしても、料理好きの美保純だねってわかるのは3年後なんですよ。生きてるのにズレがあるから、いつも何も考えてない」*8

 

 意識しようとしまいと、

 私は5年前と言うことが変わっているし、

 3年前の料理好きの私はもういまの私ではない。

 他人が理解する私はいつだって遅れてやってくる。

 

 「キャラ」は成長しないかもしれない。

 けれど、そんな「キャラ」の動向とは無関係に訪れる、私の静かな変態。

 

 クロちゃんを手引きにたどり着いた、成長とは異なる道。

 この変態というサイクリングロード。