「あのYOSHIKIさま」が出るというので

行列のできる法律相談所』に元X-JAPANYOSHIKIが出演。


YOSHIKIといえば、小泉元首相が大ファンであることを公言し、
YOSHIKIのほうも元首相と握手したりして、という具合に、
両者の間での相思相愛のキャッチボールがテレビを通して幾度も繰り返されていくうちに、
テレビ的な「値段」がどんどん高騰してしまった2人のうちの1人で、
それはコロッケと美川憲一の関係と同じようなものと考えていいような感じだったりそうじゃなかったりするわけだけれども、
ともかくも、
テレビの中では「高い人」として扱われなければならないような人。


なので、今回も、
『行列』にYOSHIKIが出ることを「歴史的瞬間」と煽ったり、
世界のYOSHIKIと紹介したり、
天皇の即位10年の式典でピアノを弾いている映像を流したり、
島田紳助YOSHIKIの足元にネコのようにすりよったり、
アメリカでの豪華な生活を紳助が紹介したり、という具合に、
YOSHIKIの価値が画面の中(だけ)でどんどん高められていった。


で、そんな感じに「あのYOSHIKIさま」が構築されていく様子を見ていると、
「なんぼのもんじゃ」という具合に梯子外しをしてその価値を切り下げたい、
というような欲望がぼくには湧き出てくるのだけれど、
YOSHIKIには「カレーが辛かったので怒ってリハーサルを切り上げる」というような、
自分から自分の足元の梯子を蹴り落とすような「天然」エピソードも必ず引っ付いてくるようになっていて、
つまりは、「なんぼのもんじゃ」というようなテレビのこちら側からのツッコミはすべて無効化してしまう構造ができあがっていて、
テレビの向こう側での高い「値段」はもう2度と落ちてこないのだけれども、
それは、父親に傘で殴られることがニュースになる叶姉妹と同じようなものと考えていいような感じだったりそうじゃなかったりする。


そうなのだから、
YOSHIKI自身が云々、という具合にYOSHIKIについていろいろとあげつらって弱者のルサンチマンを発酵させるのではなくて、
端的に、「YOSHIKIの出るテレビはおもしろくない」という具合に言っておけばいいのだな、と思った。
あるある大事典』の納豆偽装が、
メディアの責任とか公共性とかいう点で批判されるのではなく、
端的に、「『あるある大事典』はおもしろくなかった」と言っておけばいいように。


ただ、
YOSHIKI登場、と見せかけて元巨人の屋敷や偽YOSHIKIなどが登場、
という『行列』らしい演出(悪い意味で)でその「歴史的瞬間」を煽りに煽りまくっていたときに、
チュートリアル磯野貴理東野幸治らが椅子から立ち上がってツッコミを入れる、というバラエティの「お約束」が繰り広げられていたのだけれども、
その際に一緒に立ち上がって何か言っていた住田弁護士には、
視聴者として「なんぼのもんじゃ」と言っていいと思う。