中国の餃子の件


現行の制度では原材料の産地が商品に表示されないこともある、とか何とかいう情報が、
事件の関連情報としてテレビから流れていているのだけれど、
そういう風にして、
「情報を正確に読み解けるだけの能力を学習の結果身につけた上でパッケージの裏面を厳密に確認して自分や家族の健康に最大限に気をつかっている消費者たち」
を前提にした情報提供をされると、
一消費者としてこそばゆいです。



食品の安全について、消費者はそんなに真剣に考えていない。
今回の件でおそらく一番わりをくったコープが商売として成立していたのも、
「食品はぜひ安全であってほしいけど安全か安全じゃないかを自分で判断するのは面倒くさいからコープに考えてもらう」
っていう消費者意識のゆえ、なんじゃなかったのか。
消費者の安全意識なんてその程度だろう。



これを期に(あるいはその前から)消費者は、「中国産だから」ということで中国で作られた食品を買わなくなる。
ぼくもたぶん買わない。
だけれど、そんな選択をするようになったことと、「より賢い消費者」になったこととは、たぶん別の話だ。
「コープだから買う」ってことと「中国産だから買わない」ってことの間には、
「〜だから」の先を考えないという点で、
そんなに大差ない。
そして、ぼくたちは「コープだから買う」っていう消費者から脱皮するほど、
賢くなりたいわけではない。めんどくさいから。



「毒」を体内に蓄積し続けなければエネルギーを摂取できない社会にぼくたちは生きているのだ、という現実を、
どうすれば拒絶せず、絶望せず、あんばいよく受け止めて楽しく生きることができるのか。
品行方正なわたしたちを陥れる悪を撃つ、という威勢のいい姿勢を表明して、
ぼくたちの生き方をより賢く=息苦しくするのではなく、
ぜひ、楽しく生きる処世術を身につけるヒントをぼくたちに教えてください、テレビさん。



いや、ニュース番組はそういう悪を撃つ、っていう姿勢のでいいのかもしれない。
でも、視聴者はそれをあまりベタに受け止めないほうがいい、っていうことか。
あんまりベタに受け取ると、最終的には自分自身に絶望することになる。