悪意

船場吉兆のやってることなんてどこでもやってることなんだろうと思う。
食品のことに限られず「同質」のことはどこの企業でも職場でも。
でも、船場吉兆はともかく女将の顔が悪かった。「いかにも」な顔だった。
「頭が真っ白になって」っていう記者会見も笑えた。バカみたいだった。
だからメディアのかっこうの標的になって、廃業。


こんなかたちで廃業。なんか大衆の「悪意」の気持ち悪さを感じる。
でも、こういうスケープゴートを祀り上げるかのような理不尽なことはあってはならない、
とかなんとか、そういうことを思うわけでもない。
こんな結果、別にいいと思う。
いや、ほんとはいやだけど。でも、百歩譲って、それでもいい。


ただ、そこでぼくが百歩譲れるのは、
「女将の顔が気に入らなかった」という感情をなかったことにしない限りにおいて、だ。
「顔が嫌い」とかそういう理不尽な理由でぼくたちは人の人生を潰すことができる*1
テレビとかメディアとか関係なく、そういうものだと思う。世の常。
でも、そのことを忘れて(というか忘れようとして)、「誠実さの大切さ」とか「客本位の経営」とか、
そういうキレイでマジメな言葉(教訓!)を並べ立てることでコトの顛末から早急に撤退しようとするのは、
ちょっと、いやだ。


ぼくたちは、女将の顔が気に入らなくて、頭もバカみたいだったから、船場吉兆を潰したのだ。

*1:当人たちの「自業自得」だ、というのは確かにそうなのかもしれない。けれども、ここで言ってるのはそういう問題とは直接関係ない。