『それでも,生きてゆく』最終回

・とりあえず,ちょーせつなかった。


・ベンチのシーン。抱きあう,恍惚の表情,「ほんとのこというと,ずっとこうしてほしかったです」「わたし的にすごくうれしいことです」「足踏んでます」からの「どうして?」「加害者の妹だからです」,深々としたおじぎ,少し歩いて手をあげて言葉を選んで「いってきます」,無言でガッツポーズ的な,で,全力疾走,残されてベンチにへたりこんで足元には石を投げ入れてたバケツ。ちょーせつない。抱き合ったときのあの双葉の幸せそうな顔を洋貴はみることができない。ちょーーーせつない。で,木にくくりつけられた手紙,ですよ。「季節」は移り変わるし,2人は同じ「朝日」をみてることを思うし,「いつもあなたのことを思っています」。ちょーーーーーーーーせつない。


・ドラマとか映画とか,物語をエンターテイメントにしようとするとぜったいどこかに恋愛要素が加わるじゃないですか。ちょっと無理やりにでも。周囲が大炎上・大爆発してるのに抱きあう2人,とか。これまでぜんぜん何も積み上げてこなかったのに最後の最後に思わせぶりなシーン,とか。いらねーよその要素,みたいな。その点,『それでも,生きてゆく』は,「恋愛ドラマ」以上に恋愛要素が不可欠な「社会派ドラマ」だったんじゃないかな,と思う。最終話が洋貴と双葉のああいう「恋愛」の物語に収束することで,「社会派ドラマ」としてすばらしい最終話を迎えたと思う。


・だからこそ,思うのだけれど。ドラマの公式ホームページに掲載された満島ひかりのインタビュー*1で語られている,「実際に少年犯罪も多くある中で,この作品が安易な”メッセージ”を押しつけるものになってしまうんじゃないか」という,出演依頼を受けたときの「不安」は,当然あるべき「不安」。このドラマのテーマは「少年事件」の「被害者家族」と「加害者家族」の関係だけれど,テーマは物語をすすめるための設定にすぎないと考えるなら,洋貴と双葉の「恋愛」物語の障害を設けることに,「少年犯罪」なり何なりのテーマが機能したのかもしれない。『ローマの休日』とか『プリティ・ウーマン』でいうところの「階級」「身分差」みたいな。『高校教師』や『魔女の条件』でいうところの「学校」「教育」みたいな。


・でも,恋愛要素を含んだエンターテイメントとしてすばらしかったからこそ,美しい物語だったからこそ,ちゃんとテーマを引き受けるべきだとも思う。テレビのドラマでこういうテーマを扱おうとした人たち,演じた人たちの思いや覚悟を考えれば。「お金がもうかれば,注目を集められれば何だってやる」っていうだけでやれるテーマでも規模でもない。


・だから,「悲しみの向こう側へ,進め」っていう最後のシーン*2のセリフは,重い。


・脚本家の想像力を借りて,「悲しみ」の「向こう側」に一気にこの話を「進め」てしまうのではなく,現にこの社会で生きるかれらの「悲しみ」に,自分自身が社会の当事者として関与しているという想像力を保ちたい。押し寄せたマスコミのカメラやマイクの先に,少年や家族がおかれていた法制度の裏に,喫茶店で土下座をしていた父親の対面に,自分が。そして,あの2人がそれぞれの場所で握っている誰かの「手」の先のどこかに,自分が。エンタメとしてすばらしかったからこそ,そういう想像力を保ちたくなるし,保ちたい。それこそ,「まじめ」に。


・それと。1週間ごとに1時間,3ヶ月かけて放送する,っていう「テレビドラマ」の形式でやる必然性があったドラマだったように思う。ゆっくりと,ていねいに,間をおいて。脚本家の筆力と役者さんの演技力を借りて,登場人物の思いに自分の思いを少しずつ重ねたりズラしたりしながらみる「テレビドラマ」の形式の,とっても幸福な例。


・周囲にこのドラマをみてる人がまったくいなかったんですよ。その点,Twitterやブログはありがたいですね。1週間のあいだにいろいろな人の感想や意見が読めて。対面でいろいろ話すにせよ,ネット上でのコミュニケーションにせよ,いろいろなことを人と話したり,それを受けてひとりで考えたりしたくなる物語。そういう点でも,1週間に1話ずつ進む「テレビドラマ」の形式はマッチしてた。


・で,「テレビドラマ」につきものの話題でいうと。3ヶ月かけてていねいに描かれてきた登場人物は,物語が終わっても匂いや温かみをもって息づいてる。だから,Twitterのツイートや公式サイトのメッセージをみると,なかには「ハッピーエンド」を描いた続編を希望する声もけっこうあったのだけれど,個人的には続編不希望。物語は終わった,完璧なかたちで。あとは各自の想像力。それは,簡単に「エンド」を語れない・語ってはいけない*3このテーマを,大切にすることでもあるはず。


・あと,役者さんはすごいなと思った。双葉と洋貴のやりとりはもちろんなのだけれど,隆美(風吹ジュン)が突然家にもどってきた文哉(風間俊介)をみてへたりこんでからのシーンとか,響子(大竹しのぶ)が突然「ふかみ」にやってきた文哉に対応するシーンとか,人の心の「機微」を表現するってこういうことか,みたいな。なので,個人的にグッときたシーンは数知れず。4話のラストの野茂のマネのシーンとか,地味だけど頭に残ってる。最終話は,ベンチのシーンもよかったけど,「ふかみ」でのやりとりもグワッときた。「忘れられると思います」からの「忘れられるか考えてみました。忘れられないと思いました」のやりとりは,それこそ忘れられないだろうな。あと,淡路島に行くまえのファミレスのシーンも。って言い出すときりがない。


・とにもかくにも,『それでも,生きてゆく』は「名作」だった。「作品」をつくりあげることに,真摯に,まじめに,向きあったからこその幸福な結果。自分の仕事を省みながら,そう思う。

*1:http://www.fujitv.co.jp/ikiteyuku/interview/index03.html

*2:正確に言うと最後の一歩手前のシーン。

*3:「たとえば,月曜日と木曜日に泣いたり,火曜日と金曜日は笑ったりして,そうやって続いていくのだと思います」。