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日本にはまだ松本明子を表す言葉がない:先週みたテレビ(1月25日~31日)

先週みたテレビ

『SWITCHインタビュー 達人達』(1月30日)

 

 言葉は文脈のなかに置かれることで意味を成すけれど、

 ひとつの言葉が文脈をひっくり返してしまうこともある。

 

 先週30日の『SWITCHインタビュー 達人達』は、

 漢字や日本文化をネタにするピン芸人・厚切りジェイソンと、

 テレビのなかの日本語系クイズに欠かせない言語学者・金田一秀穂の対談だった。

 そのなかで、金田一先生が言葉について、次のような話をしていた。

 

金田一「“死んだ魚の生の肉”っていうのはおいしくない。でも“刺身”はおいしい。おんなじものじゃないですか。でも、『これ死んだ魚の生の肉だよ』って言ったら、ボクらたぶん食べない。(中略)で、それは結局、ボクらは“刺身”という言葉を食べてる。“死んだ魚の生の肉”という言葉を食べてない。つまり、あのムニュムニュのものは、名前がないわけでしょ、本来的にはね。それを“刺身”という言葉で言うからボクらはおいしく食べられる。“死んだ魚の生の肉”という言葉で言うと、ボクらは食べたくなくなる。つまりボクらは言葉で考えて言葉で感じてるんだってことなんですよ。そうやって、言葉を変えることでタブーっていうかね、汚いものとか怖いものを全部他のものにしちゃう。で、食べれるわけ」 *1

 

 「刺身」と「死んだ魚の生の肉」。

 言葉の上ではただの言い換えなのかもしれないけれど、

 その言い換えがあるかないかで、受け取られかたがちがってくる。

 「“刺身”っていう言葉があることによって、日本人はお刺身のおいしさを楽しめる」

 

 似たような話を、テレビのなかに探してみる。

 ナインティナイン岡村隆史は病気療養から復帰するとき、

 病気のことを「頭パッカーン」と呼んだ。

 小藪一豊が全国ネットのひな壇に並び始めたとき、

 その発言はしばしば「思想が強い」と形容された。

 品川庄司の品川がバラエティ番組の第一線からしばらくフェードアウトしたきっかけは、

 「おしゃべりクソ野郎」のひと言だった。

 

 言葉の上ではただの言い換えなのかもしれないけれど、

 その言い換えがあるかないかで、受け取られかたがちがってくる。

 

 ひとつの言葉が、他の言葉の布置を変え、文脈を変え、人を生かす。あるいは、殺す。

 そんなことがある。

 

『しくじり先生 俺みたいになるな!!』(1月25日)

 

 ひとつの言葉が新たな領野を切りひらく。

 『しくじり先生』の「しくじり」という言葉もまた、そうした言葉のひとつだろう。

 

 先週25日の『しくじり先生』に、

 1984年から2年間芸能界を干され、2012年から3年間息子に無視されていたという松本明子が、

 出演して授業をしていた。

 

 芸能界を干されたのも、息子から無視されたのも、

 どちらも「私の性格に問題があったから招いたしくじり」だと松本は言う。

 では、それはどんな性格なのか。教科書の次のページを開いてください。

 

 「超自己中」

 

 松本明子は「自己中で大問題ばかり起こしちゃった先生」として教壇に立ち、

 「自己中心的な性格で周りに嫌われないための授業」を行っていたのでした。

 

 だがしかし、授業が進むにつれ、息子のことが好きすぎて、

 夜寝てる息子を舐めてしまうというようなエピソードが披露されたりとかすると、

 もうそれは「自己中」の範疇からは外れてきてしまうわけで、

 番組のなかでもオードリー・若林が「自己中とかじゃねぇんだよな」と処理し、

 「まだ(松本さんを表す)言葉がないんですよ、日本に」と平成ノブシコブシ・吉村が付言した。

 

 では、どんな言葉だとしっくりくるのか?

 

 ひとまず、番組中に出てきた「妖怪息子舐め」という言葉を添えておきたい。

 

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