カタカナの色、ひらがなの温度:先週みたテレビ(3月19日~25日)
カタカナの色
滝沢カレンはいまのところカテゴリやジャンルに括られていない。少し前なら「おバカ」と括られたかもしれない。他のタレントなら「ハーフ」としての側面がもっと前に出るかもしれない。でも、滝沢の場合はそういったカテゴリで捉えられることはあまりない。
そんな滝沢は言う。漢字には気配があり、色がある。しかし、カタカナには気配がなく、色がない。
滝沢「本を読んでるときにカタカナが出てくると、色のなくなった世界をみてるようになっちゃうんですよ。漢字とかだと、森があって緑があって赤があってとか思えるんですけど、カタカナになった途端、気配を消されたような。色のないものを読んでるイメージ」*1
なるほど、芸能人の特徴を漢字4文字(四字熟語)で的確に表現する批評性を帯びた滝沢カレンの「芸」は、共感覚の持ち主がときに特異な才能を有しているように、漢字から色を受け取る感覚に補われているのかもしれない。
漢字には色がある。カタカナには色がない。この発言を聞いたくりぃむしちゅー・上田は、「その割にはキミ、滝沢カレンってカタカナじゃん」とツッコむ。至極もっともである。対して滝沢は、そのときに着ていた赤いドレスのことを指しながら「ほぼこれは滝沢の色です」とこたえた。
さまざまな服を着こなすファッションモデルとしてのカレンと、独特の日本語の運用において他の追随を許さない滝沢。
同時に同じ場所にあることができないはずの無色と有色が共在する違和感は、滝沢カレンを他と類比できるカテゴリに括らせることがない。
ひらがなの温度
先週22日、『とんねるずのみなさんのおかげです』が終わった。最後は『情けねえ』のフルコーラス。石橋と木梨の2人は、歌詞を変えて次のように歌った。
「バラエティを滅ぼすなよ」
「フジテレビをおちょくるなよ」
宛先はさまざまであろうそのメッセージは、熱を帯びていた。
8日の放送は全編コント『北の国から』のパロディが放送された。黒板五郎に扮した石橋は言う。
「続けたんじゃない、続けさせてもらったんだ。これまでずっと多くの人に支えられてきたってこと。…まさに、まさに、みなさんのおかげでした」*2
文字にすると、ちょっと熱いセリフ。けれど、コントという形式もあり、また、わかりやすく当該部分のカンペを読み上げるような石橋の演技もあり、メッセージはあからさまに冷めたかたちで伝えられた。
とんねるずは、熱さと冷たさを行き来する。「この世のすべてはパロディなのか」と歌い上げたひらがなコンビの2つの身体は、それぞれが加熱と冷却を体現しているかのようだった。
コントのオフショットで石橋は言う。「最後と思ってないからオレ。オレ、いつか帰ってくるから」*3。
ひらがなには熱がある。再び加熱のときを待っている。