この会話がすごい:先週みたテレビ(4月9日~15日)

 先週みたテレビのこの会話がすごい。

 

その1 「それを男性側がそもそも感じていない」

 先週15日の『ワイドナショー』。週刊誌で過去のセクハラが報じられた元NHKアナウンサーの登坂淳一がコメンテーターとして出演。自身の行動に対する反省の弁を述べたり、メインキャスターとしての起用が決まっていたフジテレビの夕方のニュースの降板についてコメントしたりしていた。

 話は登坂の件を離れてセクハラ一般にも及んだ。松本や東野、ゲストのいとうあさこらが、「相手の感じ方次第のセクハラは定義があいまいでいかがなものか」というようなモードでトーク。そんななか、東野に「モーリーさんはどうお考えになりますか」と話を向けられたゲストのモーリー・ロバートソンは、一般論と断りつつ次のように語った。

 

モーリー「一般論としていまの日本ってね、放送業界、女性の扱い、男性とちがってるような気がする。女性に対してはやたらと厳しい。若くないとか、もっとセクシーであれとか。みえないルールで、負荷をかけている」 
松本「へー」
モーリー「それを男性側がそもそも感じていない」*1

 

 「へー」という反応に、「それを男性がそもそも感じていない」と即座に切り替えしていたのがすごい。即座に、が特にすごい。「へー」という反応は別の意味ですごい。

 

その2 「生ダコにはまっていた時代もあったんですって?」

 先週13日の『徹子の部屋』。ゲストはANZEN漫才のみやぞん。母親の話とか野球の話とかキックボクシングの話とか、いろいろな話があったのだけれど、以下にみるのは生ダコをめぐる味わい深い一連の会話*2

 

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 徹子はいつものように唐突に切り出す。

 

黒柳「生ダコにはまっていた時代もあったんですって?」

みやぞん「中学校の時に生ダコにはまった時期はありますね」

 

 まずもって、「生ダコにはまっていた時代もあったんですって?」という質問がすごい。それまでの話とは何の脈絡もなく、「生ダコにはまっていた時代」についていきなり問う。こういうぶった切りの質問は『徹子の部屋』ではよくみかけるものだけれど、よくよく考えると会話としてすごい*3

 また、みやぞんの生い立ちを視聴者に紹介するにあたり、「生ダコにはまっていた時代もあった」ことが重要だと感じて、あるいはみやぞんと黒柳の間でこの話題が交わされるとおもしろいと予測し、事前に情報を徹子にレクチャーした番組スタッフがすごい。さらに、目の前の男の魅力を視聴者に伝えるにあたり、いくつかの質問候補のなかから「生ダコにはまっていた時代もあった」ことについて収録本番中に聞かなければと判断した徹子がすごい。そして、机の上に広げられた徹子直筆のメモにうやうやしくも「生ダコにはまっていた時代もあった」と書かれているのであろうということがすごい。そんなことを前日とかに予習してるのがすごい。

 

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 会話は続く。徹子は生ダコがわからない、そんな黒柳にみやぞんが生ダコが何かを説明する、という構図で会話はしばらく展開する。

 

黒柳「どんなの生ダコって?」
みやぞん「生ダコってすごくボクのなかでは滅多に食べられないものっていう感じだったんですよ」
黒柳「食べられないですよ、そんなにはね」
みやぞん「でも近くのスーパーに生ダコを見つけまして、初めてカットして食べてみたら、すごくおいしくてはまってしまったんです」
黒柳「それは茹でたのが売ってたの?」
みやぞん「あ、茹でてないやつなんですよ。生ダコなんで」
黒柳「生ダコ?」
みやぞん「えぇ、生ダコです」
黒柳「生ダコをうちで茹でるの?」
みやぞん「あ、茹でないんですよ、生ダコなんで。生ダコっていうものはですね、生のタコなんですよ」
黒柳「でも、生のタコをそのまま食べるの?」
みやぞん「えぇ、そのまま食べるから生ダコ」
黒柳「生…そうなの? 生ダコ」
みやぞん「ほとんどの方はボイルしてしまうんじゃなかろうか、茹でてしまうんじゃなかろうか、そういうときもありますが、えー、生ダコっちゅうのは生で…」

 

 このあたりの会話はみやぞんが主導権を握っている。まず、生ダコについてよく知らない人に生ダコとは何かを聞かれて、「ボクのなかではめったに食べられないもの」と、生ダコそのものについて何も説明しないのがすごい。生ダコとは何かとさらに重ねて聞かれても、「生ダコっていうのはですね、生のタコなんですよ」と、生ダコについて新しい情報をなにひとつ付け加えない返答もすごい。だがしかし、生ダコとは何かと聞かれたら「生のタコです」と答える以外にないような気もしてきて、序盤にしてこの会話の行き詰まり感がすごい。

 そしてもちろん、わからないものについて微塵も知ったかぶりをしない徹子がすごい。というかよく考えてみると、生ダコが何なのかわからないのに「生ダコにはまっていた時代もあったんですって?」と質問していたのがすごい。

 

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 生ダコがわからない徹子と生ダコをわかってほしいみやぞんの会話は、徐々にその主導権を徹子に移しながら、生ダコの色をめぐってさらに混迷していく。

 

黒柳「何色してるの?」
みやぞん「何色? タコ色ですね」
黒柳「んー。じゃあ、白っぽい?」
みやぞん「あ、あ、そうですそうです。中身白っぽい感じですね」
黒柳「なるほど。生でも」
みやぞん「んー、生だから白いんです」
黒柳「でも茹でたら真っ白よ、タコって」
みやぞん「…ピンクじゃないんですか? あ、じゃあ全然ボク…」
黒柳「真っ白い、真っ白いのがタコでね、外側の皮がちょっと赤っぽくって、真っ白い身っていうのはあれは茹でてあるの」
みやぞん「茹でてあるのをボクはじゃあ生ダコって言って食べてたってことですか?」
黒柳「たぶんそうでしょう」

 

 なにより、「生ダコはタコ色」というみやぞんのキラーフレーズの破壊力がすごい。対して、みやぞんが食べていたのは実は生ダコではなく茹でたタコであると言いくるめ、「たぶんそうでしょう」と断じる徹子がすごい。自分から「生ダコにはまっていた時代もあったんですって?」と聞いて始まった会話なのにすごい。

 

 「生ダコとはなにか」というシンプルな問いをめぐり話せば話すほど複雑さを増す会話も終盤。徹子は番組のホスト役としてこのすれ違う会話をどうおさめたのか。

 

みやぞん「(スーパーに並んでたときは)生ダコって書いてありましたけどねぇ」
黒柳「んー、どうしたの、どうしたんだろう」
みやぞん「なんか持った感じもたぶん生なんですよねぇ」
黒柳「そうなんですか。じゃあそれでいいと思いますよ」
みやぞん「はい。ボイルしてるのはなんか違う感じで。すいません」
黒柳「そうなの。いいです。生ダコ…んー。フフフフ。でも、お母さまに叱られたことってあんまりない?」

 

 何がすごいってこれだけ長々と生ダコとは何かについて話してどちらも納得いかずに話が終わっているのがすごい。「そうなんですか。じゃあそれでいいと思いますよ」と素っ気なく言い放ち、平行線な会話にこれ以上付き合えないという感じを隠さない徹子がすごい。ボイルしてるタコは生ダコではないのではと、なおも引き下がらないみやぞんを「そうなの。いいです」とあしらいつつ、でも「生ダコ…んー」と自分は今でもあなたの言い分に納得していないのだというメッセージを残すのを忘れない徹子がすごい。

 

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 「生ダコにはまっていた時代もあったんですって?」と唐突にはじまった生ダコ問答は、「お母さまに叱られたことってあんまりない?」と唐突に別の話題に切り替えられ終わりを迎えた。どこからやってきたのかわからず、どこに到達したのかもわからない。この意味のなさ、すごい。この会話全体が、会話ではお互いの意味の共有ではなく発話の接続こそが重要なのだという会話の社会的な本質をついているもののようにも思えてすごい。

 そして何より、こんな意味も結論もない会話を魅せる2人のチャームがすごい。

 

その3 「(爆笑)」

 先週15日の『ボクらの時代』。ヒロミ、坂上忍サンドウィッチマン・伊達の鼎談。なんだかな、とあまり愉快にならないところの多いトークだったのだけれど、ワンシーンだけ。

 

ヒロミ「サンドウィッチマン、ネタおもしろいじゃんか。ネタと…」
坂上忍「(爆笑)」
ヒロミ「ネタおもしろいじゃんか。これオレの感じよ。好感度いい人にこんなこと言うのアレだけど。普段のね、(平場の)感じって、ネタおもしろいけど、そんなでもないじゃんか」
坂上「(爆笑)」*4

 

 テレビの特にバラエティ番組の「危機」と呼ばれる局面に際して、場つなぎ的に「テレビとは、バラエティとはなんだったのか」みたいな話題を展開する、そのためにちょっと前のバラエティ番組が元気だったとされる時代を語る証言者として、いわばゾンビ的な存在として機能するためにヒロミはテレビに「復活」したとぼくは思っていて*5、だからそんなヒロミが何を「おもしろい」と感じ、何を「そんなでもない」と感じているのかについては、「そうなんですか。じゃあそれでいいと思いますよ」という感じなのだけど、坂上忍にとって自身がMCを務めた最初期の『バイキング』でサンドウィッチマンがやっていた地引き網クッキングのコーナーってなんだったんだろうとも思えて先週みたテレビのこの会話はすごい。

 

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*1:『ワイドナショー』2018年4月15日

*2:『徹子の部屋』2018年4月13日

*3:徹子の部屋』は収録だけれど黒柳の意向で生放送のようにしたいということで、原則的に編集を加えず、カメラの前での徹子とゲストの会話がほぼそのまま撮って出しでお送りされている。唐突な話題の切り替えなど日常ではあまりみかけない会話の展開は、視聴者を飽きさせず、ただの会話をエンタメにするという意味で『徹子の部屋』に限られないテレビ的なもののような気もするのだけれど、『徹子の部屋』においては、スタッフによる事後的な編集に依らないセルフ編集を徹子がリアルタイムで行っていると言えるかもしれない。齢80代半ばにして改めて徹子がすごい。ただの無邪気かもしれないけど。

*4:『ボクらの時代』2018年4月15日

*5:増刷された又吉、召喚されたヒロミ : 先週みたテレビ(3月2月~8日) - 飲用てれび

道路と日テレに草が生える:先週みたテレビ(4月2日~8日)

道路に草が生える

 どうして草が生えるのだろうか。特にアスファルトの隙間なんかに。先週4日に放送されたEテレの新番組『又吉直樹のヘウレーカ!』は、そんな問いから始まった。

 『ヘウレーカ』は、3月までやっていた経済学を学ぶ『オイコノミア』の後続番組で、今度は自然科学を学ぶ趣向のプログラム。きっと又吉さんの目がテンになるような番組なのだと思う。

 

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 どうして舗装された道の隙間に、わざわざ草や花は生えているのか。専門の先生いわく、道端の隙間は植物が繁茂するところとはちがって日光を独り占めできる。抜かれても根が残りやすいため生存可能性も高い。場所によっては雨どいなどがあって水の定期的な補給ができたりもする。よって、アスファルトなどの隙間は植物にとっては居心地のよい環境である。

 

 なるほど、道路の隙間は草不可避。われわれはアスファルトに咲く花をみて涙の数だけ強くなれるよと感涙している場合ではなかった。

 

日テレに草が生える

 いつの間にか野性爆弾・くっきーが人気。いろいろな番組で白塗りの顔マネを披露し、先週は2つの番組で密着取材を受けているのをみた。ひとつは、2日放送の『人生が変わる1分間の深イイ話』。もうひとつは、4日放送の『1周回って知らない話』。どちらも日テレ。

 で、その2つの密着VTRのどちらも、謎に包まれた芸人の本当の姿を明らかに、みたいなスタンスでくっきーにカメラを向けていた。こんなふうにキテレツな言動ばかりしてますけど、ホントはお母さんのつくるきんぴらが好きで親孝行なくっきー、とか。不真面目なように見えますけど、ホントは後輩芸人に慕われているくっきー、とか。

 そして、最近の人気沸騰の背景には、本人のある心変わりがあった、と説明される。本人は「これ、深イイちゃいますか?」と少し茶化しを入れながら、次のように語る。

 

くっきー「若い頃は好きやと思うことしかできんかったんですよ。歳とってきたら周りがみれるようになったというか、我慢もせなあかん、やりたくないこともせなあかんっていう。やっと大人になれたんちゃいます?」*1

 

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 なんだか、同じ日テレのある番組での、10年くらい前の鳥居みゆきへのカメラの向け方を思い出す。そこでは、「本当の自分が出せなくて人生で損ばかりしている鳥居みゆきを『かわいい』女の子に変身させて素直な自分に」みたいな演出が施されていた*2

 

 冒頭の『ヘウレーカ』では、こんな話もあった。ときに雑草と呼ばれる植物が生息しやすい道路の隙間は、都市に自然の多様性をもたらしている。日本には北半球の代表的な植物が一通り根づいているが、都市ではその多くが、人の管理していない、道路の隙間のようなところで育っている。さらにそのような植物があるところには昆虫がおり、昆虫がいるところには鳥類などの動物も寄り付く。自然の豊かさを都市部に持ち込んでいるのは、人が計画し管理する緑ではなく、隙間で自生している、しばしば雑草と呼ばれる植物たちである。

 

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 そんな話を聞いた又吉は言う。植物は植木鉢に入っていたら「良いもの」として受け取られ、それ以外は「雑草」と呼んで邪魔なもの、無駄なものと思いがちだ。ぼくたちはカテゴリに頼って判断しがちな部分がある。それは芸人であり作家でもある自分に対する周囲のまなざしとも、似通っていたりする、と。

 

又吉「芸人のくせにとか、芸人なのか作家なのかっていう愚問を問われ続けてるんですけどボクは。この何年間か。ただの人間やのに、それがどっちかわかったときに、何の理解があるんだろうっていう。ないのにな何もって思ったりもするんですけど」*3

 

 テレビという植木鉢は、虚構に虚構を重ねるような芸人を、「ホントはマジメ」とか「ホントはスナオ」とか「ホントはキレイ」とか、そういうカテゴリに収めて隙間なく整序しがちなのかもしれない。そこに草は生えるのか。

 

 話はくっきーに戻って。 『深イイ話』の密着では、自宅とは別に借りている作業部屋で、カメラの前で新しい顔マネを開発するくっきーにもカメラを向けていた。年齢を重ねてやりたくないこともやらなければいけないことに気づいたくっきー。お母さんのきんぴらが好きなくっきー。「ホントはマジメ」なくっきーは、どんな新たな顔マネをみせるのか。

 

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 井上晴美です。90年代に活躍した元グラビアアイドルです。

 

 『ヘウレーカ』では、わずかな隙間でも育つ植物には、アスファルトの裂け目をじわじわと押し広げていく力があるのだとも説明されていた。なるほど隙間はあらゆるところに生じて草不可避。アスファルトに白塗りの井上晴美が咲いた2018年、新緑の候。