2023年3月にみたテレビ

2023年3月もたくさんテレビ番組をみました。で、おもしろかった番組については日刊サイゾーの連載で書いたりしているのですが、触れられなかったものも多いので、これはそういった番組のなかからいくつかについて短めに触れる記事です。先月みたテレビの落穂拾いです。

 

『あちこちオードリー』3/1

「地下で活動していたはずなのになぜか今旬のおじさんたち」の括りで錦鯉が出演。渡辺は語る。

このネタつまんねぇだろうなっていうのを、まさのりさんに渡してやってもらったら、この人の場合、そういうののほうがめちゃくちゃおもしろくなる。

ここでいう「つまらなさ」は、大喜利系の漫才とか、発想の笑いとか、そういうのを基準にしたときの「つまらなさ」だろうか。そして確かに長谷川は、そういう基準でおもしろさが測られる場の笑いのこわばりを分解する酵素のようなものを持っているように感じる。なぜだか。

 

アメトーーク』3/2

せっかく集まったから何か撮りましょうよ芸人。当初は、井森美幸大好き芸人と題した企画を収録する予定だったが、リーダーの南キャン・山里が体調不良で急遽休みに。収録中止になりそうだったところ、出演者が「せっかく集まったから何か撮りましょうよ」と提案して収録の運びとなったらしい。

とはいっても、収録がはじまってしばらくは何をすればいいのか出演者がみな手探り状態。というか、なんだか出演者のあいだの牽制のようなものも見え隠れする。そんななか、最初に「背の順に並んでみる?」みたいなことを提案するさまぁ~ず・三村。この人もまた、この人だけしか出せない場のこわばりを解く酵素を持っているように感じる。なぜだか。

 

『ラヴィット!』3/6

ヤジマリー。のスプレー合唱団。何度みても最高。

 

『るてんのんてる』3/10

ハリウッドのテレビ業界を知り尽くしている男、リヴァーフィールドがMCを務める「リヴァーフィールドバラエティショー」が放送されていた。

とはいっても、リヴァーフィールドなる人物は存在しない。いや、そう名乗る白人男性は出てくるけれど、声をあてているのは天竺鼠・川原だ。川原の声にあわせて、男性は動く。すこし例が古いけれど、むかし『笑っていいとも』に出てたミスターマッスルみたいな感じだ。

ショーの出演者はほかに、アインシュタインの河井と稲田、相席スタート・山添。リヴァーフィールド氏が3人にハリウッド仕込みのワイプリアクションを教える、という設定で番組は進む。もちろんそんな設定に、河井らは困惑し続ける。

流れるVTRは3本。もちろんその内容もおそらく天竺鼠・川原の演出によるもの。特に3本目の映像がおもしろかった。タージン食リポのVTRなのだけれど、テロップで遊びまくる。前のテロップを消さずに次のテロップを上に重ねるから画面がテロップだらけになったり、中東風の文字になってぜんぜん読めなかったり、関係ない言葉がタージンの言葉かのようにテロップになっていたり(「もし、ゴリラだけ重力がなくなったら、空がゴリラだらけになるのになぁ」「そんな思いとは裏腹にコラーゲン泥棒、現行犯ツルツルで再逮捕の予感です」「逆バルンによる緊急パフパフのため今こそ低空トコトコモッフンニョだ!」)、アインシュタイン・河井のワイプに勝手にコメントが書き足されたり(「右脳を舐めたい思考は左脳からくるんやろうなぁ」「デニム素材の汗をかきたいです」)。

こういうのの感想はもう、「おもしろかった」か「おもしろくなかった」かのどちらかしかない。おもしろかった。

 

『ゴッドタン』3/11

コンビ愛確かめ選手権。パーパーあいなぷぅの「相方に言われて一番うれしかったこと」のエピソードがおもしろかった。

コンビを組みたてのころにネタ合わせをしていたら、私に「50万円の未払いのものがあるから払ってほしい」という内容のメールが届いた。びっくりしてネタ合わせを終了して払いに行こうとしてたところを「それは詐欺だよ」と教えてくれたこと。

名探偵コナン』好きのあいなぷぅが詐欺に簡単に引っかかりそうになるところもポイント。

 

『どうする家康』3/12

清水あいり、ほぼ清水あいりとして大河に出演。これはもう、ばーてぃーちゃん・信子が末裔チャンスを活かしてほぼ信子として大河に出演、の期待値も上がる。

 

『ブラッシュアップライフ』3/12

最終回。第1話からずっとおもしろかった。反復を反復する物語。自分の外にある基準を参照し人生をアップデートする直線的な物語ではなく、反復の螺旋のなかで人生をブラッシュアップしていく円環的な物語。

ブラッシュアップの円環を支えるのは、友だち同士の会話。目的の達成に向けた対話ではなく、何の目的もない会話。もちろんそこで語られる内容がのちのちの伏線になっていたりもして、あーちん(安藤サクラ)らの会話は物語のうえでは何かしらの機能を負わされているのだけれど、それは俯瞰の視点で見える構造であって、会話をしている彼女たちにしてみれば、本当にただの会話だ。

生まれ変わりの機会を得ても、あーちんは世界を救うような大掛かりなことには足を踏み出さない。それは、人生の周回の目的がただただあの会話に何度でも接続し続けたかったからなのだろう。ただの会話がブラッシュアップの円環を支える。だから、何度かの生まれ変わりの末にあーちんら4人がようやくそろい、『忍たま乱太郎』の思い出話なんかをしてるシーンで、私たちはウルッときてしまう。『忍たま』の思い出話をするドラマを見てウルッとくるなんて、もう人生でないと思う。

そんなみーぽんたちの会話を聞いていると、なんだか友だちと雑談できるありきたりな日常の大切さ、みたいに言いたくなる。が、いや、小学校からの友だちと大人になっても頻繁に会うような友だち関係を続けていて(それも1人だけとかではなく3~4人で)、しかもそれがあんなに軽妙で、オリジナリティにあふれていて、マストでおもしろくて、みたいなことがあるだろうか。どれだけの人にあんな関係やあんな会話があるだろうか。ほとんどない、と断言したい。あれは決して、多くの人にとって「ありきたりな日常」じゃない。

もちろんこの物語のなかで生まれ変わりの設定は最大のファンタジーなのだけれど、あの会話もある意味ファンタジーだ。良質なファンタジーとは、虚構であると十分にわかりつつ自身を投影させずにはいられない夢物語のことをいう。なるほど、ああいう会話がある人生のためになら、生まれ変わってもいいかもしれない。

Huluのオリジナルコンテンツもみた。ぺーたんが切ない。木南晴夏の表情が絶妙。ごんちゃんこと野呂佳代の歌に泣かされるのも、もう人生でないかもしれない。

 

『この卒業文集、誰が書いたの!?』3/13

タレントが書いた卒業文集の内容を、当のタレントと一緒に読んでみる、みたいな番組。そんな番組にオードリー・春日が登場していた。そして、中3のころの自分にメッセージ。

「大丈夫。こうなるから大丈夫。どういう過程を、どういう経路をたどってもゴールはここだから大丈夫だぞ。なぜなら、お前の後ろの席には若林くんが座っている」

もう、何度か生まれ変わった経験がある男の言葉である。リアルブラッシュアップライフ。あの我慢強さも、人生13周目くらいの賜物。ペンギンの池にも”定期ミッション”として落ちておかないと、きっと人生の歯車がくるって若林が助からないのだ。

 

『ラヴィット!』3/15

ゲストで出演したホラン千秋が『ラヴィット』に”クレーム”。平日の帯のニュース番組『Nステ』でキャスターを務めるホランいわく、『ラヴィット』でニオイの強い料理が提供された日には、同じスタジオを使用している『Nステ』にもそのニオイが残っているのだという。

私というか『Nスタ』、いや、報道局全体が大迷惑を被っているという感じなんですよ。

そんな”クレーム”にもかかわらず、この日の『ラヴィット』は特にニオイきつめのとんこつラーメンや、ニンニクたっぷりのステーキを出してくる。そんな番組側にホランは怪訝な顔を見せ、「何してくれてるんですか?」などと改めて”苦言”を呈する。

しかし、である。ホランはずっと”クレーム”をつけ続けたりもしない。おいしそうなラーメンを目にしたり、ステーキがいい音で焼けるのを聞いたりすると、食べたくてたまらないみたいな至福の表情をうかべる。食べたら食べたで「喜んじゃいけないですけど、思わず喜んじゃうぐらいおいしい」とコメントをしたりする。

そんなオープニングを経て、最後の視聴者プレゼントのキーワードでホランは「ラヴィットを許さない」と書かれたフリップを出す。対立構図を出したり引っ込めたり、また出したり。バチバチの対立関係で突っ切らず、2時間の長丁場に起伏をつける。パフォーマーとしてのホラン千秋のバランス感覚を見た。

 

『千鳥かまいたちアワー』3/18

食べっぷりグランプリ第2弾。映画やCMの名食事シーンを超える食べっぷりを、千鳥とかまいたちが演出することを目指す企画。前回に引き続きエントリーした松村沙友理が、やっぱりおもしろかった。

ノブ「あなたは私たちのなかで大女優」

ここで彼女が見せた演技が一般的な意味で「うまい」のかどうかはよくわからないけれど、この食べっぷりグランプリのなかでは「うまい」というか、いまのところ唯一の正解。さんまの番組ではさんまのトークが一番「うまい」というか唯一の正解なのと同じだ。

 

『週刊さんまとマツコ』3/19

フリー素材ビジネスを扱った回。ネット広告などで使われるフリーの写真のモデルの人たちが登場し、さんまやマツコとトークしていたのだけれど、今後AIがフリー素材を作るようになると仕事がなくなるのでは、みたいな話をしていた。それを聞いたさんまが「将来、バラエティもAIがするなんて冗談っぽく言ってますけど、そういう時代が徐々に来てるんだ」と前置きし、次のように言った。

とりあえず、AIにお歳暮送っとこう。

こんなのAIには言えそうにない――みたいなことを言ってAIに対する人間の優位を示したくもなるけれど、よく考えてみればそもそもこんなこと、人間でもあまり言えない。

 

『激レアさんを連れてきた』3/20

ゴールデンタイムのスペシャル版。ゲストはレジェンド、上沼恵美子加賀まりこ

上沼のトークはもちろんおもしろい。関西ローカルの番組では、そのトゲのキツさが個人的には厳しいところもあるのだけれど、全国向けに整序されたトークではそのあたりのトゲもおそらく自身で適宜抜きつつ、「大阪のおしゃべりおばちゃん」みたいなところにおさめる。何度か聞いたトークも、その小気味よさで笑わせるからさすがだ。

当時から天童さんが予選で歌うとみんなシーンとしましたから。あまりのうまさに。すごいですよ、響くんですよ。私は(拍手して)。子どもですわ。小学校4年生かな。それでも悔しい。なんぼ10歳でも。うれしそうに(トロフィーを)もらってるよしみちゃんが悔しくてね……なんか大っ嫌いでね。首絞めたろか思ったんですよ。でも、よしみちゃんには首がなかった。

後半は加賀まりこ。最初のオードリー・若林に対するコメントがしびれる。

私は、あなたに会いたくて来たのよ。陰キャの王子様よね? ずーっとファンなの。じゃなきゃ、こんな自慢話するような番組来ないわよ。

で、加賀の話もまたこれまで何度か聞いたことある内容もあったりするのだけれど、たとえば17歳で女優になったきっかけは寺山修司篠田正浩からの”ナンパ”だったという話、おそらく加賀にしか言えない啖呵を切るような言葉には、改めて笑ってしまう。

この2人で松竹で映画を撮ることになってたらしいのよ。その映画のヒロインがダメになった。これで映画が撮れないかもしれない。(2人に)好感をもったのよ。カッコよくもないし、どっちかっていうと田舎っぽいのに声かけてきて。都会の美少女に。

そして、最後の加賀と若林のやりとり。

加賀「陰キャの王子様から王様になってもらいたい。11時以降の番組じゃなくてね、ゴールデンでもちゃんと王様になってほしい」

若林「俺ずっとそのこと最近考えてたんで、いま、気を許したら泣きそうです」

まさかの「ゴールデン覇王への道」の後押し。『じゃないとオードリー』の続きがここで見られるとは思わなかった。

 

『田舎に髪を切りに行く!』3/20

フワちゃんが田舎で髪を切るだけの番組。フワちゃんと田舎のおばあちゃんの組み合わせは良い。

 

『キョコロヒー』3/20

ドラマなどの撮影現場への適切な差し入れは何がよいか、みたいなテーマで、スタジオにイチゴのチョコフォンデュが登場。ヒコロヒーがチョコの滝にイチゴを突っ込むのだが、チョコの中にドボンと落ちてしまう。それを見た齊藤京子が笑いながら言う。

「絶望チョコフォンデュ」

あるいは別の日の放送。齊藤が体調不良で休んだ収録に番組内で”宿敵”的な扱いのランジャタイが登場し、国崎が「京子!京子!」と名前を連呼していたのだけれど、彼女はそれをテレビで見ていたらしい。そのときを振り返り、齊藤は「あんな私信テレビ初めて見ました」と言っていた。

「絶望チョコフォンデュ」「私信テレビ」。最近なんだか、齊藤京子のおもしろワーディングが気になる。

なお、ChatGPTによると「絶望チョコフォンデュ」とは次のようなものらしい。

「絶望チョコフォンデュ」とは、日本のインターネットミームで、非常に濃厚なチョコレートフォンデュを食べた人が、その濃厚さに圧倒され、絶望的な気持ちになってしまうというシチュエーションを表現した言葉です。
このミームの起源は、「絶望的な濃厚さ」を強調するために、あるチョコレートブランドの広告で使用された言葉が元になっています。広告では、「こんなに濃厚なチョコレートフォンデュを食べたら、もう他のものは食べられなくなってしまうかもしれない」というようなメッセージが伝えられていました。

知らなかった。勉強になった。お歳暮を送らないといけない。

 

『ホリケンのみんなともだち』3/21

この番組で恒例企画となっている「ふれあい社会科見学」。ホリケンこと堀内健らが企業を訪れ、製品ができる様子を見学したり、社員とトークしたりする企画。ホリケンらしく一般人にもガンガン突っ込んでいき、ギャグをさせたりする様子が毎回少しハラハラするのだけれど、最終的に「なんかいい会社だな」という印象になる。なんだろう。吊り橋効果みたいなやつだろうか。

あと、この企画ではだいたい、ホリケン、進行役のトンツカタン・森本、女性アイドル1人の組み合わせでロケが行われるのだけれど、この日のアイドル枠は櫻坂46の増本綺良だった。ホリケンとなんだかマッチしていた増本。アイドルグループの冠番組のなかではおもしろくても、外の番組では波長が違ってうまくいかない、みたいなアイドルも少なくないなか、この番組はアイドルのおもしろさを無理なく引き出しているように見えて、個人的に「おもしろい女性アイドル」に出会う機会にもなっている。

 

『秋山と映画』3/22

映画『シン・仮面ライダー』のPRで、池松壮亮浜辺美波が来るかと思いきや、ロケにきたのはショッカーが5人。今回の映画のショッカーは言葉を発さず指示に忠実ということで、ロバート・秋山が指示をするまでまったく動かない。かといって、指示をしたらしたで躊躇なくそれをやる。この状況を秋山はいかに切り抜けるのか。オープニングでナレーションが冷静に煽る。

果たして秋山さんは、取り乱さずにいられるのでしょうか。

心とは何か。正気とは何か。番宣とは何か。そういうことを問い直す番組だったのかもしれませんし、ただただおもしろい番組だったのかもしれません。

 

『あちこちオードリー』3/22

とにかく、竹内由恵である。「テレビは、できる人、おもしろい人、がんばる人で構成されている」と分析する竹内は、局アナからフリーになった今、自分は「できる人」でも「おもしろい人」でもないので、今後は「がんばる人」の枠に入りたい、と語る。

が、そのがんばり方が、バラエティでよくみるローションにまみれるやつをやってみたいとか、変顔とか。そのなんだか痛々しい感じに対し、オードリーの2人をはじめ、この日のゲストだったカンニング竹山野呂佳代がいろんなモードでツッコみながらおもしろくしていた。

誰も彼女に求めていないハードモードのおもしろに”がんばって”踏み出そうとする竹内由恵と、彼女をなだめつつ”それはそれでおもしろい”の文脈にのせるバラエティ巧者たちの構図。たぶん再演が難しい一度限りのおもしろいやつだったのだろうと思う。

 

『ワケあって顔出せません』3/23

週刊文春の記者・モリヤマ(仮名)の取材に密着したNHKのドキュメンタリー。途中、文春の編集長とNHK側のスタッフのこんなやり取りが。

編集長「裁判に負けないコツって知ってますか?」

スタッフ「まったく思い浮かばないですね」

編集長「記事を書かないことです。そしたら負けないんですよ。リスクをゼロにしようと思うとやらなければいいんですけど、それではやっぱりやる意味ないので。左翼の人からは右翼だと言われ、右翼の人からは左翼だと言われ。それはある意味、僕は誇らしいことだと思ってますけどね。うちはファクトにこだわって、ファクトに忠実であると。そこにスタンスは関係ない。他より前の週刊誌もそうだし、新聞、テレビもリスクをとるライバルが少ないので、いい時代だなぁと思うこともあります」

スタッフ「われわれテレビももうちょっとがんばります」

編集長「いや、あんまりがんばらないでおいてもらえたほうが、われわれは楽なんで」

週刊文春の編集長みたいな人がNHKの番組に出たことはこれまでも何度かあって、そのたびに同じような”挑発的”なことを言っていた気がするので、ある意味で”定型”のやり取りなのだとは思う。NHK側の話の持って行き方も含めて。

一方で、密着されたモリヤマ。下世話なテーマをメディアが扱うことを批判された際に、メディア側の人が「読者が求めてるから」「視聴者が求めているから」みたいに言うことがあって、私はそういう受け手に一方的に責任を転嫁するような正当化があまり好きではないのだけれど、モリヤマは「自分が知りたいから」「自分がドキドキするから」みたいに語っていて、それが印象的だった。

 

キングオブコントの会2023』3/25

個人的には最初の2本、「自動車教習所」と「サスペンスドラマ」がおもしろかった。あとは「神対応」「進路面談」「家族写真」も。

 

『八方・陣内・方正の黄金列伝』3/26

バラドル特集。渋谷凪咲がキャラ付けについて語る。

私も最初はキャラをつけないとと思って、お料理キャラとか一生懸命つけてたんですけど、でも自分らしくなくて。料理まったくしない。だから、自分らしくいることで周りの人につけられたのがキャラなんだなと思って。

自分らしくいることで周りの人につけられたのがキャラ。至言だと思う。竹内由恵に届け。

 

『ぽかぽか』3/27

ぽいぽいトーク森脇健児。なんだかとてもおもしろかった。

最近、森脇がテレビに出るたびにめちゃくちゃ笑っている。花粉が体内に溜まって閾値を超えると花粉症が発症する、みたいな話をよく聞くけれど(医学的な正しさは知らない)、苦笑いもテレビの中に溜まって閾値を超えると大笑いになるのだろうか。

 

徹子の部屋』3/29

この日のゲストは南海キャンディーズ。黒柳の求めに応じて、2人は漫才の冒頭だけを披露する。美容室のコントの入りで、しずちゃんが美容師ではなく野生のイノシシになってしまうやつ。その直後の黒柳と南キャンのやりとり。

黒柳「初めからあなたはイノシシだったの?」

山里「そう、いや、途中からイノシシになることに決めました」

山里はひとまず「そう」と肯定してしまう。そのあと即座に「いや」と修正に入る。ノリツッコミとかそういうことではなく、とっさに出てしまったかのような「そう」。黒柳の第一声「初めからあなたはイノシシだったの?」が、いかに予想外の質問だったかがわかる。もう、初手から黒柳のペースである。

黒柳「途中からなったのね」

山里「最初は人だったんですけど、途中から野生のイノシシになるという、えー、ネタをご披露させていただきました」

黒柳「わかりました。ありがとうございました。……あの前になんかあって、それで途中からイノシシになるの?」

黒柳の芸人への対応は、”芸人キラー”などと評される。しかし、おもしろい/つまらないの評価のまえに、そもそも目の前で何が起こっていたのか、徹子はとにかく理解を試みる。そのことがよくわかるやりとりである。今回の場合、しずちゃんはいつからイノシシになったのか、それが最初からなのか途中からなのか、黒柳は正確に理解しようとする。山里の「最初は人だったんですけど、途中から……」との回答に、いったん「わかりました」と納得する。が、やはり納得できなかったのか、「……あの前になんかあって」と再び問いかける。疑問の解決は次の疑問を生む。途中からなのはわかった、しかし、そもそもなぜ彼女はイノシシになったのか。徹子はそれが知りたいのだ。

山里「いや、あれでイノシシになって、イノシシとお客さんのやり取りがあって、そこから今度は美容師さんとお客さんのやり取りに変わっていくんですけども」

黒柳「そうなの」

山里「今日のところはイノシシになって終わりました」

黒柳「わかった(笑)」

しずちゃん「どうでした?」

山里「どうでしたはやめよう」

黒柳「そうですか。コマーシャル行きます」

細かく理解したい人に対しては、細かく説明するのが最善手。会話の状況を把握した山里は、今度は冷静に「いや」と否定から入りつつ、ネタの設定を細かく説明する。が、それがいかに誠実な応答であろうとも、「あの前になんかあって、それで途中からイノシシになるの?」との黒柳の問いに答えられていないのは明らかだ。そもそも美容師がイノシシになるのに、なんの理由もきっかけもないのだから。理由もきっかけもなくイノシシになってしまうところが、おもしろポイントなのだから。そして、「その理由のなさがおもしろポイントなのですよ」と説明することは、山里にはできない。おもしろの核を自ら説明すると、おもしろは消えてしまう。丁寧な説明をしてもダメ、丁寧な説明をしなくてもダメ。山里がおかれたジレンマ。徹子のトークの”芸人キラー”の構造。この構造を解きほぐしたのは、「わかった(笑)」という黒柳の諦めと、「どうでした?」というしずちゃんの勇気、そして強制的なコマーシャルだった。

 

『午前0時の森』3/28

水卜麻美アナの結婚が発表されてはじめての放送。とにかく、途中で”乱入”した山里亮太トークが”走って”いておもしろかった。

山里「大きな結婚をした人間がね、若ちゃんの前に現れてその話をしないっていうそれは、マルC『たりないふたり』なのよ。それをさ、それを『たれふた』のファンである君がさ、やるってのはどうかなって。若ちゃんも、俺たりを安売りしすぎなんじゃない?」

若林「誰も視聴者気にしてないと思う」

山里「おいおい、じゃあそれに関して俺も視聴者さんに言おうか。俺もいま君たちを気にしてないよ」

若林「お前さ、『DayDay.』はじまるんだろ? そしたらさ、もうやめろよこんな芸風」

山里「マジメな顔はあっちでやるから、その歪みはここで出させろよ!」

バラエティでは、素を演じていることがわかって冷めることもある。が、むしろ演じているさまがおもしろいみたいな次元もある。”型”を楽しむ次元。そういう意味で今回もまた、”器の小さい男”を演じる山里のおもしろさを堪能した。

そう考えてみると、上で引用した『徹子の部屋』での会話のなかでの「わかった(笑)」という黒柳の笑いは、”諦め”で漏れる笑いという面がいくらかあるかもしれないけれど、それだけではなく、”戸惑う男”を演じつつ言葉を尽くして説明する山里のおもしろさを”理解”した笑いでもあったのかもしれない。

 

『ラヴィット』3/30

ギャル曽根ギャルルの歌をうたう。時東ぁみも駆けつける。安倍麻美はこない。それにしても、我々はどうしてリリース当時より『Boom Boom めっちゃマッチョ』を聞いているのか。なお、時東いわく、ギャルルをやっていたときは生歌はほぼなかったらしい。なぜならギャル曽根が歌が苦手だったから。そんなギャル曽根の歌声を、我々はなぜ今こんなにも耳にしているのか。

 

『舞い上がれ!』3/31

最終回。初回からだいたい毎日みた。途中、パイロットにならないルートに入る流れに「家のために献身する母、それを見て家に留まる娘」みたいな構図を見てしまい、その後の展開にも、家の延長上にある東大阪のまちを舞台に主人公の”献身”がまわりを”包絡”していくみたいなところを感じてしまい、少なくとも今の自分はこういう物語があまり得意ではないのだな、と確認できた。

ただ、中盤で赤楚衛二演じる貴司がファンの女性に”囲まれて”しまいそうになる描写があったり、最終盤でやはり貴司が「いまの環境では息ができない」という感じでパリに逃避するところは、”献身=包絡”の物語の裏面というか、そういった物語に身の置きどころのない人間への目配りだったのだろうし、ピース・又吉もふくめ最序盤からそういう役を物語のなかに配置していたということは、最初からそういう人間を理解する側面もこの物語にはあったのだろうとは思う(赤楚は最終的に家に戻ってくるけど、又吉は徹底して”献身=包絡”の外を放浪し続けるし)。あるいは、こういう私の反応も含めて、”ミソジニー”という言葉が指し示す社会構造を浮き彫りにするような物語でもあったかもしれない。

そして、最後の最後、家などの環境に絡め取られながらも自身でそれを引き受け、そこで出会ってきたさまざまな人たちとの関係を重力や浮力にしながら舞い上がる、みたいな展開は、私のような人間が何度ブラッシュアップライフしても到達できない地点なのでもうこれ以上言えることは何もない。

 

 

連載で触れた番組

『R-1グランプリ』は夢があるを証明したか? 賞レースで優勝する、その後 |日刊サイゾー

・『R-1グランプリ』3/4

・『桃色つるべ』2/26

 

WBCへの関心薄めな『キョコロヒー』で予習をしたら|日刊サイゾー

・『キョコロヒー』3/6

・『午前0時の森』3/7 水卜麻美

・『ラヴィット!』3/10 田村真子

 

ウエストランド河本の「新しさ」に光を当てる「新しい」文章|日刊サイゾー

・『ロンドンハーツ』3/14 ウエストランド・河本

 

佐久間宣行が答えたテレビの「偶然」と、平野レミ語るテレビの「選択」|日刊サイゾー

・『TV70周年特番 テレビとは、○○だ』3/19 平野レミ有吉弘行

・『NHKスペシャル』3/21 佐久間宣行