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先週みたテレビ(3月10日~16日)

笑っていいとも!』(3月10日)

 

 3月11日の1日前の『いいとも』。テレフォンショッキングのゲスト・渡辺謙が、x/100アンケートで「被災地にいったことがある人」を聞いていた。

 結果は17人。数字が表示されたときのアルタの客席からは、何とも言えないため息がもれた。先週は11日を中心にさまざまな震災関連の情報がテレビから流れたのだけれど、この瞬間のアルタの客のため息は、どの震災報道によってもえぐり出されていない音だったように思えて、でもその逆に、それらの番組の通奏低音に響いていたような音にも聞こえて、なんだか印象に刻まれた。

 ちなみに、2000年から『いいとも』のレギュラーを務める爆笑問題いわく、アルタの客は「世間一般の見方に近い客」(太田)、「本当の一般人をランダムに100人選びました、という感じ」(田中)だとのこと(『TV Bros.』第631号)。なるほど、アルタの客は「世間」である。

 

笑っていいとも!』(3月11日)

 

 火曜レギュラー陣がこれまで聞けなかったことをタモリに質問する、というコーナー。青年隊がタモリにストレッチをする伝統や、変態についての見解散歩中にふと淋しくなるという話など、タモリの興味ぶかい話が多々。

 そんなトーク中に「タモさん泣くことあります?」とSMAP・中居が聞いたときのタモリの返答が、上に引用した言葉。「偏見」と「対抗心」をもって「世の中否定して」いる男も「コロッと泣くことがある」と。ちなみに、「ものすごく泣いたのは『E.T.』」とのこと。

 最近の『いいとも』はタモリの歴史や思考や生活などを掘り下げようとするコーナーが多くなっていて、珍しい話が聞けたりもする。今回の「泣くタモリ」もまた、本人の口から語られた珍しいタモリだった。けれどそれだけではなくて、タモリが自分のことを「対決心」をもって「世の中否定して」いる男と明言することも、おそらく最近ではそんなになかったはず。

 で、さっきの爆笑問題・太田の言葉を踏まえるならば、アルタの客とは「世間」である。だとすると、タモリが「対決心」をもって否定する対象は、常に本人の目の前にあったのだ。そしてさらに、『いいとも』と関係してきたもうひとつの「世間」、つまりテレビの前の「世間」は、そんなタモリを中心に繰り広げられるあれやこれやを32年間ウキウキウォッチングし続けてきた。これはなんとも複雑に入り組んだねじれ。タモリはそういうねじれを個人の日常として生きると同時に、日本の日常に変換してきたのだった。

 

笑っていいとも!』(3月12日)

 

 13年ぶりにアルタに来た江頭2:50「こんな『いいとも』なんかぶっ壊してやるぜ!」と息巻きながら舞台上を荒振り、最後は客席へダイブ。そしてタモリの「それじゃあ今日もそろそろいってもいいかな!」のかけ声を合図に、江頭はアルタの中心で「いいとも!」と雄叫んだ。予期せぬ展開に「いいとも!」の声もまばらな客を尻目に。

 

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 タモリデビュー当時の自分が江頭と同じようなキワモノで、そんな自分が昼の帯番組をするというので世間が驚いた、というような話をしばしばする。そしてアルタの客は、タモリがその話をするたびに新鮮な驚きの声をあげる。アルタの客すなわち「世間」に、変化という名の忘却はあっても積み重ねはないとでもいうように。『いいとも』レギュラーを長く務めたピーコが、最初から最後までああだったように。

 江頭はそんな客席に13年ぶりにダイブし、引き裂き、その中心で「いいとも!」と叫んだ。否定対象の中心で叫ばれる肯定。反対の賛成。タモリがくぐりぬけてきたねじれを、同じキワモノであるところの江頭がここで反復しているのだ。という風に考えるとそれはなんだかおもしろいので、そういうことにしてこの話を締めます。

 

 『キルラキル』(3月13日/MBS

 

 と、いうことで、「一枚の布」を否定し「なんだかよくわからないもの」を肯定するという作品の主題がいよいよ明示された『キルラキル』がとてもおもしろいです。